- 問い
日本語と朝鮮語は、同じ源を持つのか。
- 出典
『三国史記』の高句麗地名/半島日本語説(Vovin・Whitman・Unger)/Transeurasian 仮説(Robbeets 2021)/古代DNA研究
- 方法
語彙を並べるのではなく、広がった順序を追う。対照としてイタリア半島の言語分布を置く。
- 所見
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一、証明はされていない。
半島でまず日本語系のことばが話され、のちに朝鮮語系が北から広がった、という筋は立つ。ただ、規則的な音対応が足りない。「共通の祖先」ではなく「共通の土地」。
二、組み立ては、たしかによく似ている。
語順も、助詞も、敬語の仕組みも重なる。しかし重なっているのは形であって、材ではない。敬いを表すのに、朝鮮語は -시- を挟み、日本語は お〜になる と回す。召し上がる と 드시다。さん と 씨。同じはたらきに、ちがう部品。
三、音だけが変わったのなら、対応が残るはずである。
ひとつ ふたつ みっつ よっつ。하나 둘 셋 넷。ラテン語から分かれたことばは、二千年を経てなお due・dos・deux と数える。ここには、それがない。
四、イタリアでは、通じ合わないことばが小さな土地に並んでいる。
それでもすべて同族である。通じないことは、別であることを意味しない。同じ形が日本の中にもある。日本語と琉球のことばは通じない。それでも同族である。沖縄は源ではない。古い形が残った場所である。
似ているのは、長いあいだ同じ土地で隣り合っていたからである。構えは移る。ことばは移らない。
- 適用
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匂い と 향기。同じ語源ではない。同じ場所を憶えている、二つのことば。
近さと隔たりの文法は、分けあっている。その響きは、分けあっていない。だから、訳すのではなく、移す。
註 Vovin は当初この同系説を支持し、のちに接触によるものと考えを改めた。