言霊 ── 研究記録

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ある文化のなかで、
言うことと在ることの境目はどこを通っているのか。
そして、その線が引かれなかった場合、何が起こるのか。

Where does a culture draw the line between saying and being — and what happens where that line is not drawn?

この頁は、調べたことを日付とともに残していく記録である。月に二本。結論ではなく、経過を置く。

各項の左に、証(裏づけあり)・説(仮説)・未(裏づけ不明)を記す。未のものは、消さずに未のまま残す。

研究記録Records

KD-001 2026-08-30
問い

日本語と朝鮮語は、同じ源を持つのか。

出典

『三国史記』の高句麗地名/半島日本語説(Vovin・Whitman・Unger)/Transeurasian 仮説(Robbeets 2021)/古代DNA研究

方法

語彙を並べるのではなく、広がった順序を追う。対照としてイタリア半島の言語分布を置く。

所見

一、証明はされていない。

半島でまず日本語系のことばが話され、のちに朝鮮語系が北から広がった、という筋は立つ。ただ、規則的な音対応が足りない。「共通の祖先」ではなく「共通の土地」。

二、組み立ては、たしかによく似ている。

語順も、助詞も、敬語の仕組みも重なる。しかし重なっているのは形であって、材ではない。敬いを表すのに、朝鮮語は -시- を挟み、日本語は お〜になる と回す。召し上がる と 드시다。さん と 씨。同じはたらきに、ちがう部品。

三、音だけが変わったのなら、対応が残るはずである。

ひとつ ふたつ みっつ よっつ。하나 둘 셋 넷。ラテン語から分かれたことばは、二千年を経てなお due・dos・deux と数える。ここには、それがない。

四、イタリアでは、通じ合わないことばが小さな土地に並んでいる。

それでもすべて同族である。通じないことは、別であることを意味しない。同じ形が日本の中にもある。日本語と琉球のことばは通じない。それでも同族である。沖縄は源ではない。古い形が残った場所である。

似ているのは、長いあいだ同じ土地で隣り合っていたからである。構えは移る。ことばは移らない。

適用

匂い と 향기。同じ語源ではない。同じ場所を憶えている、二つのことば。

近さと隔たりの文法は、分けあっている。その響きは、分けあっていない。だから、訳すのではなく、移す。

註 Vovin は当初この同系説を支持し、のちに接触によるものと考えを改めた。

用語集Concept words

言・事koto / 古代日本語

古代日本語では、言(ことば)と事(できごと)は同じ語であった。言うことと起こることが、分かれていない。

ヘブライ語の דָּבָר も、ことばと事柄の両方を指す。接触のない二つの言語に、同じ融合がある。借用ではなく、別々に生じたもの。

恨 / 한urami / han

同じ漢字を、二つの言語がちがう向きに使う。日本語の恨みは誰かに向かい、晴らすことができる。朝鮮語の한は向かう先を持たず、世代をまたいで積もり、抱えたまま生きる。

字は同じでも、概念は同じではない。

눈치 / 察しnunchi / sasshi

同じはたらきを、ちがう器官に置く。눈치 は語のなかに目を持ち、場を視線から読む。察し は気配から読む。

間 / 여백ma / yeobaek

どちらも「何もない部分」を意味を持つものとして扱う。ただし 여백 は紙の余白から、間 は時の隔たりからも考えられている。重なるが、同じではない。

作品への適用Applied in the work

同じ中心を、三つの言語の体で書いたもの。訳ではなく、それぞれの言語のなかで置き直している。ネイティブ話者の確認を経て公開した。

日本語
灯りの名前ISRC QT6FY2674295
한국어
빛의 이름은 너야ISRC QT6FY2674453
English
The Name of the LightISRC QT6FY2679020